仙台高等裁判所秋田支部 昭和29年(ナ)4号 判決 1956年7月12日
原告 福士永一郎
被告 青森県選挙管理委員会
補助参加人 高樋竹次郎
主文
被告青森県選挙管理委員会が昭和二十九年十一月二十七日なした昭和二十九年七月二十八日執行の黒石市長選挙における当選の効力に関し黒石市選挙管理委員会の昭和二十九年八月二十七日付決定を取消し候補者高樋竹次郎を当選人とし原告福士永一郎の当選を無効とする旨の裁決はこれを取消す。
訴訟費用中参加に因つて生じた部分は参加人の負担としその余は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は本訴請求の趣旨として「主文第一項同旨及び訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
第一、青森県黒石市の市長選挙は昭和二十九年七月二十八日執行、同年同月二十九日原告が当選人と決定告示されたところ、訴外工藤秀一は同年八月九日、同村上克郎外二名は同年八月十日それぞれ黒石市選挙管理委員会(以下市選管と略称する)に対し右当選の効力を争い異議の申立をなしたがともに市選管から同年八月二十七日異議申立却下決定書の交付を受けた。そこで工藤秀一は同年九月八日、村上克郎外二名は同年九月十六日いずれも被告青森県選挙管理委員会(以下県選管と略称する)に対し原告の当選の効力を争い訴願を提起したところ、被告はこれを併合審査し同年十一月二十七日候補者高樋竹次郎を当選人として原告の当選を無効とする旨の裁決をなし該裁決書は同日右訴願人四名に交付されたので原告は同年十二月二十二日本訴を提起し右裁決の取消を求めんとするものである。
第二、県選管のなした右裁決の理由は要するに、選挙会で決定した各候補者の氏名、得票数は、原告(福士永一郎)(自由党)が七、八〇九票、高樋竹次郎(自由党)が七、七六三票、柴田久次郎(共産党)が一、九四一票であるところ、(一)当選者たる原告の右得票中に無効投票が五五票あり、また高樋候補の有効投票が一票混入されていたので右得票から五六票を控除し、他方選挙会が無効と決定した投票中から原告の有効投票一票を発見したのでこれを加へると結局原告の得票は七、七五四票となるのに対し、次点者と決定された高樋候補の得票は七、七六五票であるから、高樋候補の得票が一〇票多く高樋候補が当選人たるべきものであるというにある。(二)その理由の詳細は次の(1)(2)のとおりである。(1)当選者原告の得票中「福士一郎」「ふくしいつろ」「フクシ一ロ」などと記載された投票を調査したところ、第一開票区一三票、第二開票区一〇票、第三開票区二三票、合計四六票あることを確認したが、右四六票の内訳は「福士一郎」と記載したもの一一票、「ふくし一郎」と記載したもの三票、「フクシ一郎」と記載したもの一票、合計一五票あり、その他平仮名または片仮名をもつて明らかに「ふくしいつろ」または「フクシ一ロ」等と記載したもの三一票である。その字体、文字の記載状態などから判断して「福士一郎」に投票したことが明瞭であり、また福士一郎は候補者福士永一郎の長男(明治四四年一〇月一二日生)であつて、黒石市大字黒石百六十九番地に永年居住し、同市内町にある株式会社みなみ新報社(電話四五四、二二〇、振替盛岡三〇〇五番)の専務取締役で同社が発行している「みなみ新報」の編集発行人として日刊新聞を経営しているので、同人は同地区の指導者であるばかりでなく、同地方における有名人として夙に広くその氏名が知られているのみでなく、同人は今回の市長選挙に際しては、その地区内において相当活溌に選挙応援の運動を行つた事実があるので、これらの事情から一部選挙人においては同人を市長として適任と認め候補者であるか否かを考えず実在している「福士一郎」なる選挙人に対して投票したものと認めるのが相当である。従つて右投票は公職選挙法第六十八条第一項第二号の規定に基いて公職の候補者でない者の氏名を記載したものとして無効投票と解するのが正当である。(2)なお原告の得票中に左の無効投票がある。(イ)第二開票所において「」と記載された投票一票あるがこれは同法第六十八条第一項第七号「公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」及び同条項第五号の他事記載に該当するものと認められるので無効とすべく、(ロ)前同開票所において「福士」「◎福士」「ク福士永一郎」と記載された投票各一票合計三票あるが、これらは同法第六十八条第一項第五号の「公職の候補者の氏名の外他事を記載したもの」に該当するものと認められ何れも無効とすべく(ハ)第三開票所において「福士竹次郎」「福士久一郎」「クスツ」「フハキ」「子久山」と記載された投票があるが、これらは前記の同法第六十八条第一項第七号に該当するものと認められるから何れも無効である。
第三、しかしながら原告は原裁決に示された被告県選管の右見解は誤つているものと考える。(一)高樋候補の得票中に「フクシ」と記載した一票が混入していたことは検証の結果によつて明らかであるから、原告の得票に一票を加へ高樋候補の得票から一票を減ずべきである。(二)「福士一郎」「ふくしいちらう」「フクシ一ロ」等と漢字、平仮名、片仮名で或はこれらを混用して記載された投票(仮に一郎票と称す、検証写真番号、9 16 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 46 47 48 49 50 57 58 59 60 61 79 82 84 85 86 87 88 89 90 91 92 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 126 133 163 167 175 183)について。被告県選管は前記裁決において右五二票のうち四六票(上記126 133 163 167 175 183を除く)を候補者でない福士一郎に対する投票であると解し無効としたが右の見解は明らかに法律及び判例の解釈を誤つたものであり、新に検133 175(以下検証写真番号を検と略記する)の二票をとりあげこれを無効とする被告代理人の見解もまた右検133 175と共に検126 163 167 183の四票をとりあげこれをすべて無効なりとする被告参加代理人の見解も誤つている。以上の五二票はすべて原告に対する有効投票と判断すべきものである。
以下にその理由を説明する。(イ)右一郎票は選挙人が原告の名「永一郎」から「永」「エイ」「エー」「えい」「えー」その他これに類する文字を脱し或はこれを訛つて不完全不正確に記載したものと解すべきである。一般に姓によつて相手方を呼ぶのが普通であり、名をもつてするのは極めて親密な間柄に限られる。従つて他人の姓は知つているが、その名は正確に知らず或は類似した名であるときはこれを間違へることも稀ではない。親子兄弟等の間においても名が類似している場合、他人がその名をまちがえることは有り得る。すなわち姓をまちがえることは少く、名をまちがえることは稀ではないから、投票の点検に当つても、重点を姓におき、名については不一致の甚しいものは格別、然らざるものについては、右の趣旨を参酌してこれを解釈すべきである。この点につき被告は「福士永一郎」の「永」が原告の名の特色であるから一般人に銘記せられこれをまちがえることはないと主張するが失当である。「永」の字は普通の文字で「永一郎」なる名もありふれたものにすぎず、選挙人が原告の名を単に「一郎」とだけ思いこみ「永一郎」から「永」「エイ」「エー」「えい」「えー」その他これに類する文字を脱し「福士一郎」「ふくしいちらう」などと誤記することがないとはいえない。一郎票の記載をみるにすべて運筆幼稚、拙劣、不明確、不十分なもののみであり、その数も僅に五二票にすぎない点からみても、右のように誤記となすべきである。被告は多数の一郎票があることは、原告の名の誤記ではなく、選挙人が福士一郎その人に対し投票したことを示すものであると主張するが、右一郎票の数は原告の得票七、八〇七票のうち五二票にすぎない、決して多数ではない。このような誤記はその性質上容易に起り得るものであり、しかも右五二票のうち後記一八票(方言票)はその記載自体からみて当然「永一郎」を記載したものと判断すべきであるから残余のものは約三〇票にすぎない。また被告は右一郎票中に福士一郎に対する投票と福士永一郎に対する投票とが混在するように主張するが、このような二種類の投票が混在するものと推定すべき特段の根拠はない。(ロ)いわゆる一郎票殊に左の一八票(仮に方言票と称す)
(1) 「フクシエツラロ」と記載した投票(検20) 一票
(2) 「フクシヘツロ」と記載した投票(検22) 同
(3) 「フクシエツロ」と記載した投票(検29) 同
(4) 「えちらう」と記載した投票(検30) 同
(5) 「フグシエツロ」と記載した投票(検47) 同
(6) 「フグシエツロ」と記載した投票(検48) 同
(7) 「フグスエズロ」と記載した投票(検79) 同
(8) 「フクスエツロ」と記載した投票(検84) 同
(9) 「フクシエツロ」と記載した投票(検85) 同
(10) 「フクスエツロ」と記載した投票(検86) 同
(11) 「フクシエツロ」と記載した投票(検87) 同
(12) 「フぐシエツロー」と記載した投票(検88) 同
(13) 「フグシエチロ」と記載した投票(検89) 同
(14) 「ふくしえちらう」と記載した投票(検90) 同
(15) 「フクシヱツロ」と記載した投票(検91) 同
(16) 「フクシエツロウ」と記載した投票(検92) 同
(17) 「ふくしえちろ」と記載した投票(検94) 同
(18) 「フクシヱツロ」と記載した投票(検95) 同
はその文字からみても十分福士候補に対する投票と理解解読し得るものであり、これをも無効投票とした被告県選管の裁決は著しく失当である。けだし本件選挙の行われた黒石市を含む津軽地方一帯の言葉は「イ」と「エ」の発音が不明瞭であり、福士候補は従来「ふくしえいいちろう」と正確に呼ばれることが少く「ふぐしえずろ」と呼ばれて来たので、右投票その他一郎票はその訛語「ふぐしえずろ」を不完全、不正確に記載したものであり、(検6 7 137 175 180参照)選挙人の意思は福士候補に投票せんとしたものと解すべきである。これを反面からみると、選挙人が投票に「一郎」と記載する意思ならば「一郎」「一ロ」などと書く筈でありわざわざ「エツラロ」「エチロ」「エツロ」などと書くわけがない。右投票に記載された「エチ」「エツ」などは「福士永一郎」の「永」(エイイ)の音が短毋音化し「エ」「ヱ」となり「エツロ」「エチロ」などに変化したものと解釈することができる。なお開票の結果をみるに、第三開票所において一郎票の多数が発見されているが、同開票所の区域内に福士一郎と称する別人が実在しこれが日常「エチロ」と呼ばれているのでこれから選挙人が原告をも同様に「エチロ」「エツロ」などと呼称したものとも想像される。いずれにせよ右方言票一八票その他は常識上福士候補に対する投票とみるべきであるが、仮に右投票の記載そのものは福士一郎を表示したものとしても、(ハ)に述べるような候補者制度の趣旨にかんがみ公職選挙法第六十七条に基き福士候補に対する有効投票と解すべきである。(ハ)一般に現行の選挙制度は候補者制度を基本とするから、選挙人は候補者の何人かに投票する意思があつたものと推測すべきであつて投票に記載された氏名と同一の氏名を有する者が候補者以外の選挙人中に実在し、またはその記載が不完全不十分であつても、それが候補者の氏名に類似しその候補者を記載したものと認められる以上、その候補者に対する投票と解するのが相当である。これを候補者以外の者の氏名を記載した投票と認めるのはよくよく候補者以外の者に投票されたと解すべき特別の積極的事情の存在する場合に限定さるべきである。いまこれを本件の場合についてみるに、福士候補は青森県においてまた黒石地方において早くから政治的、行政的方面に関係深く、大正十二年十月から、昭和二十二年七月まで二十四年間にわたり黒石町消防組頭、警防団長を歴任し、昭和二年九月から昭和二十二年四月まで引きつづき二十年間青森県会議員の職にあり、昭和十年十月から昭和十四年九月まで四年間は青森県会議長をつとめ昭和二十一年十月から昭和二十六年二月まで青森県選挙管理委員会委員長であり、昭和二十二年四月から昭和二十九年六月まで七年間黒石町長に在職し、またその間青森県町村会長に選挙せられること六回(昭和二十二年度、昭和二十三年度、昭和二十六年乃至二十九年の各年度)昭和二十四年四月から昭和二十九年六月まで五年余青森県国民健康保険連合会理事長をつとめ、昭和二十九年七月二十九日黒石市長に当選し今日にいたつているものであつて、実に青森県下政界の長老として重きをなした著名人である。さらに同候補は全国的にも或は全国町村会政務調査委員、同常任理事となり、また全国国民健康保険団体中央会監事など要職にあつた。(なお原告が大正十二年五月三日先代から永一郎を襲名したことは認める。)しかるに候補者でない福士一郎は被告の主張するとおり福士候補の長男であり(明治四四年一〇月一二日生)黒石市に永年居住し、現在同市大字黒石第二区に原告と別居し、みなみ新報社の専務取締役で同社発行のみなみ新報の編集発行人であり、十数年前から小作争議等に関し或程度の社会活動をなしたことはあるが本件選挙に際し積極的に応援活動した事実及び黒石地区で活溌な文化活動した事実はない。昭和十五年開拓団員として渡満し、その後帰国し再度渡満し、昭和二十年には現地応召し、終戦後昭和二十二年十月にいたりようやく黒石町に帰還したにすぎないものであつて、従来から政治などには何等関係がない。また原裁決は同人がみなみ新報社の専務取締役であることを強調し、これをもつて同人を黒石地方における有名人のようにいうのであるが、元来みなみ新報は極めて貧弱無力なものであつて、昭和二十四年六月以来タブロイド版二頁のものを月十回位発行していたのにすぎず、それが日刊になつたのは昭和二十九年七月一日以降(すなわち本件選挙以後)のことであり、且現在においてもその発行部数は二千に足らず、タブロイド版四頁の豆新聞であり、一般市民に信用あるものではない。したがつて同人は福士候補に対比し得るような存在ではなく、いまなお親の庇護の下に漸く生活しているにすぎない。福士一郎の社会活動や知人関係の如きも特に政治上いうに足るほどのものではない。殊に同人は選挙人ではあるが従来公職の候補者として立候補したこともなく、自己のために選挙活動した事実もないし、また前叙のとおり広く地方人にその名を知られた有名人ではない。黒石市内には同人と同格または同格以上の有名人が多数あるに拘らず、他の人々に対する投票は、発見されていないから右一郎票が福士一郎に対する投票であるというのは当らない。また福士一郎は客観的にみて、すでに説明したところによつて明白なように黒石市長の候補者として適格性を有するものではない。被告は選挙人が福士一郎の革新的思想を重視しこれを市長の適任者となし同人に投票したものと主張するが若し選挙人が革新的思想の持主に投票せんとするならば、本件選挙の候補者中に革新色濃厚な共産党所属の柴田久次郎があるからこれに投票すれば足り敢て福士一郎に投票する必要はない。殊に一郎票中たどたどしい仮名文字で記載した多数の投票は智識程度の比較的低い婦人、農夫、老人などによつてようやく書かれたものと推定されるのでこの諸票が革新的思想を持つものといわれる福士一郎に対して特に投票されたものではなく保守系に属する福士候補に対し投票されたものであることを推測せしめる。以上のとおりであるから、一郎票をもつて候補者でない福士一郎に対する投票とみなければならないような特別の事情はないのであり、その記載は、福士候補の氏名に類似するのであるからこれを同候補に対する投票となすのが相当である。
第四、福士候補の得票中被告県選管が無効と裁決したが原告の有効投票となすべきものは次のとおりである。
(一) 「」と記載した投票(検51) 一票
被告県選管は候補者の何人を記載したか確認し難いし他事記載でもあるから無効としたが、この投票の記載をみると、選挙人が右側に「ふ」と左側に「久し」と二行とし「ふ久し」と記載したことがわかるから選挙人の福士候補に投票せんとした意思が確認できるのであり、これは公職選挙法第六十七条後段の規定に徴し当然同候補の有効投票といわねばならない。
(二) 「◎福士」と記載した投票(検55) 一票
被告県選管はこの投票を他事記載を理由として無効となした。しかしながら「福士」の上に記載された◎は選挙人が福士候補の氏を記載せんとして書き損じこれを抹消したものにすぎないからいわゆる他事記載ではない。同候補の有効投票とすべきである。
(三) 「福士永一郎」と記載した投票(検62) 一票
右投票に存する「」なる記載は、選挙人の筆のすべり誤りか或は選挙人が仮名で「フクシ」と書きかけてやめ、そのまゝ漢字で「福士永一郎」と記載したものであることが明白であり、このことはこの投票の記載全体が稚拙な筆跡であることから理解できるところである。これを被告県選管の裁決のように他事記載すなはち他意ある記載とみて無効とするのは、適当ではない。よつてこれは福士候補に対する有効投票とみるべきである。
(四) 「福士」と記載した投票(検63) 一票
この投票の記載をみるに、全体的に字体がまことにタドタドしい幼稚なものであるから右「」の記載は「様」の誤記か或はその不完全な記載とみるべきであり、福士候補の有効投票と解する。被告県選管が前記裁決においてこれを他事記載を理由として無効となすのは不当である。
(五) 「フク」と記載した投票(検80) 一票
被告県選管の裁決においては右投票の記載を「フハキ」と読んでいるが、その読み方自体が不当である。これは「フク士」と解読すべきである。けだしその字体をみると第一字は「フ」、第二字は「ク」、第三字は「士」とそれぞれ記載せんとしたが右第二字が「ク〔手書き文字〕」となり、第三字の縦の棒が誤つて下に抜けたものと解すべきである。全体として文字の形態は不完全であるが選挙人の意思を掬みとることは困難でない。すなわち同法第六十七条後段により原告に対する有効投票とみるべきである。
(六) 「クスツ」と記載した投票(検81) 一票
被告県選管は裁決において該投票を無効となすが、これは運筆状況その他から判断し選挙人が「フクシ」と記載する意思であることは十分に看取することができる。すなはち第三字は「シ」の誤記(逆に書いたもの)第一、二字は「フ」「ク」の音便の誤用または文字の不完全なる記載と認められるから同法第六十七条後段に基き福士候補に対する有効投票と解すべきである。
(七) 「福<士>永久一郎」と記載した投票(検83) 一票
この投票の記載は「士」と「久」との消し違いにすぎない。選挙人は誤つて「福士久一郎」と記載したので「久」の一字を抹消し「永」の一字を加へ「福士永一郎」とせんとした際、誤つて「久」を消さず「士」を消したものにすぎず、しかも選挙人自身はこの消し違いにきづかなかつたのである。勿論原告の有効投票とすべきであり、被告県選管が裁決において候補者の何人を記載したか確認不能であるから無効となすのは吾人の常識をもつては理解できないところである。
第五、無効投票中原告の有効投票となすべきものがある。
「フ」と記載した投票一票(検1)について。
この投票は無効投票中に存するもので、その氏名の記載は不完全ではあるが、本件選挙の候補者中にはその氏名に「フ」のつくものは原告のみであるから、この程度の記載があれば原告に投票したものと十分推認できるので同法第六十七条後段の規定によつてこれは福士候補の有効投票と解すべきである。
第六、高樋候補の得票中無効投票となすべきもの。(被告は有効とする)
(一) 「高樋竹次郎(タカヒタケジロウ)」と記載した投票(検52) 一票
(二) 「高樋竹次郎(たかひたけじろう)」と記載した投票(検65) 一票
(三) 「高樋竹次郎(タカヒタケジロウ)」と記載した投票(検68) 一票
以上の三票の記載はいづれも達筆をもつて記載されているから、文字につき疑念を生じ念のため振仮名を付したものとは到底考へられない。換言するとこれは明らかに何事かを暗示する目的をもつてなされた二重の記載と判断すべきであるから、候補者の氏名以外の事項を記載したものとして無効である。
(四) 「」と記載した投票(検76) 一票
この投票の記載は不分明であり候補者の何人を記載したか確認し難いものとして無効とするのが相当である。
第七、高樋候補の有効投票とすべからざるもの。
「高樋タケジロー」と記載した投票(検223) 一票
この投票は福士候補の得票中から発見されたものであるところ、被告県選管は前記裁決において該投票を高樋候補の有効投票としたが、この投票の記載中氏と名との間に存する「」は高樋候補の氏名以外の記載であり、これを無効ならしめるものであるから福士候補の得票が一票減少するのは当然であるが高樋候補の得票に一票加算するのは失当である。
第八、以上のとおりであるから、両候補の得票は左表の結果となる。
候補者氏名
選挙会決定得票数
県選管決定得票数
増(○)減(△)
原告主張の得票数
福士永一郎
七、八〇九
七、七五四
○ 五六
七、八一〇
高樋竹次郎
七、七六三
七、七六五
△ 五
七、七六〇
すなわち福士候補の有効投票総数は七、八一〇票、高樋候補の有効投票総数は七、七六〇票となり福士候補の当選は動かないので被告県選管が市選管の昭和二十九年八月二十七日付決定を取消し、高樋候補を当選人とし福士候補(原告)の当選を無効とした裁決は取消さるべきものである。
第九、なお本件選挙において選挙会、市選管、県選管が決定した投票総数、有効無効票数、各候補者の得票数が別紙各候補者得票数表のとおりであることはみとめる。
第十、被告参加代理人の主張に対し、すでに記述したものの外なお左のとおり意見を述べた。
(一) 被告参加代理人のいわゆる一郎票に関する後記第四の(二)の主張は、要するに些細のことをいゝ立て無理にも福士一郎を有名人に仕立てようとするだけで、その論旨は全く立候補届出制度の趣旨を理解せず、また公職選挙法第六十八条の精神を全く忘却したものであり、この点に関する最高裁その他のすでに確定せる多数の判例を尽く無視したものである。被告参加人は本件の場合を「選挙人はその投票に記載してあるその人を目標として之に投票したものと推測し得る特殊事情の存する場合」などと独断しているが本件の場合には最高裁判例により例外として立候補者以外の者の得票と解しても違法ではないとせらるる「投票の記載に選挙の当時における諸般の事情に徴して投票の記載が候補者以外の何人かを表示したものと推測すべき強い事実」の如きは全く存在しない。また一郎票を漢字で記載されている場合と片仮名、平仮名またはその双方入り混つて記載されている場合とを特に区別して論議することは、投票の効力を判定する上においてさまで意味のあるものではないが、これを区別した場合に考えられることは、それらタドタドしい仮名文字の多くの投票は智識程度の比較的低い婦人、農夫、老人などによつてやつと書かれたものと推測できることであつて、而してこの推測は同時に、被告参加人の主張とは反対にこれらの諸票が革新的思想をもつといわれる福士一郎に対して特になされた投票でなく、保守系に属する福士永一郎に対してなされた投票であることを当然推測せしむるものである。
(二)
(イ) 「タゴス」と記載した投票(検3) 一票
(ロ) 「高し」と記載した投票(検4) 一票
以上の二票はその記載が不分明であるから当然無効たるべきものである。
(ハ) 「ふくしま」と記載した投票(検10) 一票
この投票には「ふくしま」と記載されているが、福士候補の氏と対比し「ま」の一字が過剰なだけであり、たとえ第三開票区内に「ふくしま」の氏を有する実在人があつても、それはこの投票を同候補に対する有効投票となすのに差支はない。被告県選管がこれを有効投票と判断したのは吾人の常識及び判例に合致し公職選挙法第六十七条の解釈上当然である。
(ニ) 「」と記載した投票(検12) 一票
この投票もその記載が不分明であるから当然無効である。
(ホ) 「◎◎◎◎◎高樋竹次郎」と記載した投票(検13) 一票
(ヘ) 「高樋竹次郎◎」と記載した投票(検15) 一票
(ト) 「○○○○○高樋竹次郎」と記載した投票(検31) 一票
以上(ホ)(ヘ)(ト)の三票を高樋候補の有効投票とする解釈は、吾人の常識的見解及び確定判例に反す。当然無効たるべきものである。
(チ) 「」と記載した投票(検77) 一票
この投票の記載は不分明であり、被告県選管がこれを無効となしたのは当然である。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁及び主張として次のとおり述べた。原告が本訴請求の原因として主張する事実中第一、第二及び第三の(一)は争はないが、右第三に示された原告の見解には同意できない。以下被告の意見を詳細に示すと、(A)原告指摘のいわゆる一郎票中検9から検104までの合計四六票は被告が原告の得票中から発見し無効と裁決したものであるが、その余の二票(検126 183)は他の二票(検133 175)と共に(合計五〇票)他票中に混入していたため発見せず判断を加へていない。しかしこの四票も当時発見していたならば当然無効と判断さるべきものであつた。以上の投票のうち漢字で「福士一郎」と記載したものは勿論、仮名で「ふくいちらう」「ふくしえつろう」などと記載したものもすべて「福士一郎」と読まれるより外なきものである。要するに当該投票により明確に推断される選挙人の意思が何人に投票せんとするにあるかが投票の有効無効を判断する中心課題であり且つそれに尽きるのであるからこの点を中心として検討する。(B)(イ)原告主張の方言票一八票について。津軽地方において「イ」と「エ」の発音が混用されることは原告主張のとおりであるが、訛語のときにも「永」は「エー」「イー」と長音をもつて発音されるのであり、「永一」と重なる場合においても単に「エ」「イ」と一個の短音となることはなく、従つて右投票中「いちろ」「えちろ」など短音の「エ」または「イ」をもつて記載しているのは「永一郎」を表するものではなく「一郎」を表するものである。(ロ)本件においていわゆる一郎票には明確に「福士一郎」と記載してあるに拘らず敢て原告「福士永一郎」に対する投票となすべき事情があるか否やを検討するに、そのような事情はなくむしろ「福士一郎」本人に対する投票となすべき積極的事情が多い。すなはち(1)福士一郎は決して無名人ではなく有名人である。同人は原告の長男(明治四四年一〇月一二日生)で黒石市大字黒石百六十九番地に永年居住し原告と別居し一戸を構へ独立の生計を営み、同市内町にある株式会社みなみ新報社(電話454 220振替盛岡3005番)の専務取締役で同社発行の「みなみ新報」の編集発行人として日刊新聞を経営しているので同地区の指導者であるばかりでなく(みなみ新報は七八千戸の戸数を有する黒石地方において二千部を発行し地方としては決して小新聞ではなく、また本件選挙前から日刊であり、選挙運動期間中には臨時部数を激増し、一戸に同一新聞を二部配布するなどその活躍はまことに目覚しいものがある。なお右新聞社の株主は殆ど地方の有力者で黒石地方の指導的言論機関であることはひとしく一般人の認めるところである)また青年時代から革新的政治運動に身を投じ郷党の耳目を聳動せしめたことがあり、併せて文化活動を活溌になし来つたもので、現在においても各方面における指導的地位に立ち広く氏名を知られている同地方の有名人であり、今回の市長選挙に際し区域内で相当活溌に選挙応援の運動を行つた事実がある。すなはち原告にあきたらざる者はその息子一郎の活躍を希求するのは極めて自然である。(2)原告はその主張するように古い政治歴を有する人物であり、その氏名はこれに賛成すると反対するとを問わず選挙人の間に銘記せられているからその氏名を簡単に誤記されるようなことはない。(3)原告は先代の名「永一郎」を襲名したものであり、父子二代にわたる「永一郎」としてその氏名は選挙人に牢固として印象づけられている。(4)原告の名「永一郎」のうち「一郎」は普通一般にある名で特に訴へるところはないが、「永」は原告の名の特徴を示す文字として一般人に銘記され原告を示すのにこの文字を脱落するようなことは考へられないことである。(5)本件においてはいわゆる一郎票は約五〇票あり、まとまつた相当の数であるからこの点からみても選挙人が原告の名を誤記したものと解することはできない。
以上いずれの点からしても「一郎票」は選挙人が福士一郎その人に投票せんとして常識的に「福士一郎」「ふくしいちろう」などと記載したものであることは、疑なく選挙人は或は一郎氏に私淑するの余り候補者であると否とを問はず同氏に投票し、または同氏が選挙運動期間中新聞等を通じてなした活動により同氏を市長候補と誤認して同氏に投票せるもの若しくは原告に対する批判として子息一郎氏の名を故意に掲げ反省を促したものもあるべく、特に第三開票区は農民運動が盛で革新的気風の末端農民にも浸透している地方であるから縁故などにより福士氏に投票するとしても子息一郎氏でなければ潔しとしない者も往々存するであろう。多数の一郎票が存在するのは決して偶然ではない。(ハ)原告は「一郎」などと記載した投票は「永一郎」を表すものと主張するが、これは独断にすぎる。けだし福士一郎は前叙のとおり本件選挙の行はれた黒石市に実在する著名人であるから「福士一郎」などと記載した投票は右福士一郎その人に対する投票とみるべきであり、原告に対する投票とみるべき根拠はないので、公職選挙法第六十八条第二号に基き候補者氏名不記載により無効たるべきものである。原告は同法第六十七条の適用を主張するが同条は同法第六十八条の規定に反しないこと及び投票した選挙人の意思が明白なときにのみ適用し得るものであるから、選挙人の意思が前叙のように候補者でない福士一郎に投票せんとするにあるときには適用し得ないものといわねばならない。而して仮に右一郎票中に選挙人が原告「福士永一郎」に投票せんとしながら誤つて「永」の一字を遺脱し「福士一郎」となしたものがあるとしても、他方一郎票中には「福士一郎」自体に投票したものも多数ある筈であるから、結局一郎票についてはその記載自体によつては選挙人の意思が何人に投票せんとするにあつたか不明であり、捕捉できないから、これを原告の有効投票と判定するに必要な条件を欠如し無効投票とする外ない。
(C) 福士候補の得票中無効投票たるべきもの。
(一) 「」と記載した投票(検51) 一票
原告はこの投票の記載から一劃を脱落し「」となし「ふ久し」と判続しているが「久」に非ずして「」であり、被告はこれを「久し」と読む所以を了解に若しむ。仮に右を「フ久し」と読むとするとその右側にある「」の処理に苦しむこととなり、結局判読困難となり無効となすべきである。
(二) 「◎福士」と記載した投票(検55) 一票
原告は右投票の記載中「◎」を書損を抹消したものと主張するが、◎の下には何等当初に書いた点劃の存在が認められないから、書損の抹消となすことはできない。このように何等首肯し得る理由がなく、故意に記載したものと認められる符号は他事記載としてその投票を無効ならしめるものと判断すべきである。
(三) 「福士永一郎」と記載した投票(検62) 一票
右投票の「」を筆のすべり誤り、または書損となす原告の主張は事実に反する牽強附会の説である。筆のすべり誤りとしては余りに念が入つており、また書損とすれば何故訂正抹消しないか、右投票が漢字をもつて明確に記載されているところからみて、かゝる書字能力ある選挙人が「」のような書損をなす筈がないので、これは故意に記載した符号として他事記載であり、この投票を無効ならしめるものと解すべきである。
(四) 「福士」と記載した投票(検63) 一票
原告の「」を「様」なりとの主張は、余りに空想飛躍にすぎる。何等客観的根拠がない。敢て過度の空想を馳らせることなく判読し難き他事記載として無効投票となすべきである。
(五) 「フクキ」と記載した投票(検80) 一票
原告の右投票の記載を「フク士」と判読する主張には同意し難い。
(六) 「クスツ」と記載した投票(検81) 一票
「クスツ」は「クスツ」である。どうして原告主張の如くこれを「フクス」と読むことができるか。被告は理解に苦しむものである。無効投票たることは疑ない。
(七) 「福<士>永久一郎」と記載した投票(検83) 一票
右投票はその記載のとおり「福永久一郎」に投票されたものに間違なく、原告と候補者柴田久次郎の氏名を組合せた無効票である。この投票を記載した選挙人は右を意識して当初「福士久一郎」と書きこれでは原告の有効票と解せられる虞があるとして故意に氏を「福永」と訂正したものと推定される。若し原告の主張するように消し違いであるとすれば、さらに訂正するのに何の困難があるか。結局原告の主張は事実に基かない主張である。
(D) 原告が無効投票中から福士候補の有効票と主張するもの。
「フ」と記載した投票(検1) 一票
右投票の「フ」なる記載が無効であることは多く論ずるまでもない。
(E) 高樋候補の得票中原告が無効を主張するものについて。
(一) 「高樋竹次郎(タカヒタケジロウ)」(検52)、「高樋竹次郎(たかひたけじろう)」(検65)、「高樋竹次郎(タカヒタケジロウ)」(検68) 合計三票
右各投票に存する振仮名は候補者の氏名自体に外ならず他事記載ではない。また本件選挙においても選挙宣伝用文書の候補者氏名には振仮名を付し一般に配布していたし、投票所の投票記載所には振仮名を付した候補者氏名を掲示していたから選挙人がこれに做つて候補者の氏名に振仮名を付したものであり、これは何等不可解なことではない。
(二) 「」と記載した投票(検76) 一票
この投票の記載は明瞭に「タカヘ」と読み得る。すなはち「」は「タ」に筆のあやまりで不用意に点「、」を付したもの、第二字は「カ」であり、「ヘ」は当地方において「ヘ」と「ヒ」を混用する慣例によつたものである。高樋候補の有効投票であることは明らかである。
(F) 原告が高樋候補の有効投票とすべからずと主張するもの。
「高樋タケジロー」と記載した投票(検223) 一票
この投票の記載は記載自体からみて書損の訂正であることが明白であり高樋候補の有効投票であることは勿論である。(福士候補の得票から発見されたもの、被告県選管は高樋候補の有効投票とした。)
(G) 本件選挙において選挙会、市選管、県選管が決定した投票総数、有効無効票数、各候補者の得票数が別紙各候補者得票数表のとおりであることはみとめる。
被告参加代理人は、次のとおり述べた。(参加代理人の氏を明示しないのは両代理人共通の陳述である)
第一、無効投票中左のものは高樋候補(参加人)の有効投票と解すべきである。(神山代理人)
(一) 「タゴ」と記載した投票(検3) 一票
この投票の記載をみると、文字に習熟しない選挙人が「タガス」と書こうと努力した跡が明白である。すなはち選挙人は高樋候補に投票せんとして第二字目を「カ」とすべきを誤つて「コ」となし、第三字目は「ス」と記載したものである。而して黒石地方では高樋候補の姓「タカヒ」を訛つて「タガス」または「タガシ」と呼ぶのが通例であるから、右の記載は「タガス」であり、高樋候補を指すものと解すべく、同候補の有効投票たるべきものである。
(二) 「高し」と記載した投票(検4) 一票
この投票も前同様の理由により高樋候補の有効投票とすべきものである。
(三) 「」と記載した投票(検12) 一票
この投票の記載は竹次郎すなはち候補者高樋竹次郎を意味するものであり、同候補の有効投票となすべきである。
第二、高樋候補の得票中原告が無効を主張するもの。
(一) 「◎◎◎◎◎高樋竹次郎」(検13)「高樋竹次郎」(検15)「○○○○○高樋竹次郎」(検31) 合計三票
以上三票はいずれも被告県選管において無効投票と裁決したものであるが、すべて高樋候補の有効投票となすべきである。けだし検13、検31の投票については◎または○は傍点として強調を表はすためポスター等において慣用されるところであるから選挙人が自己の意思を強調せんとし、或はポスターの書法を学び◎または○を付したものとみるべく、また検15の投票については、選挙人が筆の勢によつて右下隅に句読点をうつたが、それを不可とし抹消する意思を表すため○を冠しと記載したものと解せられ、いづれも附随の記載にすぎず独立の記載ではないから、他事記載として右投票を無効ならしめるものとなす理由はない。(神山代理人)
(二) 「高樋竹次郎(タカヒタケジロウ)」(検52)「高樋竹次郎(たかひたけじろう)」(検65)「高樋竹次郎(タカヒタケジロウ)」(検63)と記載した投票 合計三票
以上の三票の振仮名は本名と一体をなす附随の記載であるから独立した二重の記載または他事記載ではない。高樋候補の有効投票である。(宇野代理人)
(三) 「」と記載した投票(検76) 一票
この投票も被告の主張するとおり高樋候補の有効投票たるべきものである。(宇野代理人)
(四) 「」と記載した投票(検77) 一票
この投票は被告県選管が無効と裁決したものであるが「タヤヘ」と記載せるものと認められるので高樋候補の有効投票とせらるべきである。(神山代理人)
第三、原告が高樋候補の有効投票とすべきではないと主張するもの。
「高樋タケジロー」と記載した投票(検223) 一票
この投票の「高樋」と「タケジロー」との中間に存する「」は誤記の抹消であること一目瞭然であるから、高樋候補の有効投票となすべきものである。これにより同候補の得票に一票を加算すべきである。原告は他事記載に基き無効と主張するが失当である。(福士候補の得票中から発見したもの)
第四、原告の得票中無効たるべきもの。
(一) いわゆる一郎票を分類すると、(神山代理人)
(イ) 検9 16 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 46 47 48 49 50 57 58 59 60 61 79 82 84 85 86 87 88 89 90 91 92 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 合計四六票
(被告県選管が無効と裁決せるもの)
(ロ) 検126 133 175 183 合計 四票
(ハ) 検163「一」と記載した投票 一票
以上総計五一票
右五一票は候補者でない福士一郎に対する投票として無効たるべきものである。
(二) 一郎票を分類すると左の(イ)(ロ)(ハ)の三種類となる。(宇野代理人)いずれにせよ、被告県選管は原告指摘主張のとおり福士一郎なる人物の身分、年令、地位、職業、経歴等につき具に調査した結果に基き法規に暗い選挙人が同人を市長として適任者と認めこれを当選させる意図の下に同人の氏名を投票用紙に明記したものと認めたものであり、誠に正鵠を得た見解で一点非難の余地はない。
(イ) 「福士一郎」と漢字をもつて記載したもの。検9 19 24 26 49 59 60 100 101 102 103 104 183 合計一三票
いづれも筆跡明瞭な漢字をもつて記載され誤字や脱字などの形跡は毫も存しないから、この記載自体に徴すれば、これ等の投票は福士一郎なる人を指定したもので福士永一郎の誤記または書損と認める余地はない。一方福士一郎なる人物は、福士候補の長男であるが、当四十五年の壮者で、本件選挙の選挙人であり、同候補とは別に黒石市大字黒石百六十九番地に永住し同市内にある株式会社みなみ新報社「電四五四番、二二〇番、振替盛岡三〇〇五番」の専務取締役で現に同社発行に係るみなみ新報の編集発行人として日刊新聞を経営し、同地区内の指導者として広くその名を知られている有名人であり、過去においても革新思想を抱懐する社会人として活溌に社会運動を行つた経歴があり、革新思想の持主として青年層に知られ今回もその地区内において相当勇敢に選挙応援をなしたもので、新黒石市の市長として立候補し得る法的資格の具有者であることが判明した以上、彼此の事情を対照考慮し本投票はその記載文字の示すとおり福士一郎その人に対する投票であると認めるのが正当である。
(ロ) 「ふくしいちろう」「フクシ一ロ」「フクシ一ツロウ」「ふぐし一郎」「フクシ一郎」「フグシイちロ」など片仮名、平仮名、漢字などを混用して記載したもの。 合計一六票
これも右(イ)と同様福士一郎に対する投票であると解することは理論上当然である。
(ハ) 「フクシエツろロ」「フクシヘツロ」「フクシエツロ」「えちろう」など「イ」が「エ」に化はり「い」が「え」または「ヘ」に化はり、「えちらう」「エツロ」「エズロ」「エジロ」と記載したもの。検20 22 29 30 47 48 79 84 85 86 87 88 89 90 91 92 94 95 126 133 167 175 合計二二票
原告は右投票につき「えちらう」「エツロ」「エズロ」「ヘツロ」などすべて「い」「イ」が「え」「エ」または「へ」にかわつている点を指摘し「エ」「え」または「へ」の発音は福士永一郎の「永」に通ずるから福士候補に対する投票と認むべきであると主張するけれども、「永」は「えい」または「えー」と長音で発し単に「え」とは発音しない。永一郎を「えちらう」または「エズロウ」とは呼ばない。必ず長音で「えいいちらう」と呼ぶのが津軽地方一般の発音であり、他地方と異るところはない。若しこれ等の投票に「えい」または「エイ」と書かれてあるならば格別、単に「え」または「エ」と書かれてあるからとて之を「永」に通ぜしめるのは曲解である。これと反対に「一郎」を「えちらう」「エチロウ」「エツロ」「エズロ」など「い」を「え」に化へて発音することは津軽地方一帯の顕著な事実であるからこれ等の投票の記載はすべて一郎すなはち福士一郎を指すものと解するのが実情に適合した認定である。以上のとおりであるから、一郎票五一票はすべて候補者でない者の氏名を記載した無効投票と認むべきである。
(三) 原告の右一郎票は候補者福士永一郎の訛語「ふぐしえずろ」をそのまゝ文字に表現したものであり選挙人の意思は福士候補に投票せんとし「永」の一字を脱したものであるとの主張は津軽地方の方言の誤解または曲論である。津軽地方においては、「ち」「つ」「し」「す」の発音に著しい混同不明瞭の点があることは顕著な事実であるが、「あ」「い」「う」「え」の発音は明晰であり「い」が「え」にかわることはあるが、「え」を「い」と訛り混同不明瞭を来すことは極めて稀である。従つて「永一郎」を「いちろう」または「一ロウ」もしくは「一郎」と発音することは絶対に有り得ない。されば仮に原告の主張するように原告がこれまで「ふぐしえずろ」と呼ばれて来たことがあつたとしても、反対に「ふぐしいずろ」と呼ばれて来たことが顕著でない限り、「福士一郎」「ふくしいろう」「フクシ一ロ」とある記載が原告福士永一郎を指すものであるとの結論には到達しない。従つてこれを理由とし「永」の一字を脱落したものであるとの原告主張は単なる憶測にすぎず何等の根拠もない曲論といわざるを得ない。
(四) 原告はいわゆる一郎票につきその記載が福士候補の氏名に類似しているから公職選挙法第六十七条の法意に従いこれを同候補に対する投票と認むべきであると主張するが、同法条は同法第六十八条無効投票の規定に反しない限りにおいて、しかもその投票した選挙人の意思が明白であるときにのみその適用があるのであり且つ同法第六十八条第一項第二号には公職の候補者でない者に対する投票は無効であることを明記してあるのにこの制限を逸脱し候補者でない者を記載した右一郎票をも有効であると解するならば、まさに法規の蹂躙であり、論理の矛盾であるといわねばならない。何故というに、同法第六十七条の「投票した選挙人の意思が明白であれば」との条件は、同法第六十八条の規定に反しない限りにおいてその適用を受けるべきであり、この規定に反する場合には、選挙人の意思が明白であると否とに拘らずその適用が除外さるべきであることは法文上極めて明白であるからである。従つて本件において「福士一郎」なる記載は悉く福士一郎の誤記と認定するか、或は「一郎」と「永一郎」とは異名同人であるとの認定が前提とならない限り同法第六十八条によつて有効投票とはならないのである。果して本件においてこのような認定ができるであろうか、出来るとすれば驚くべきことである。
第五、無効投票中原告が有効を主張するもの。
(一) 「ふくしま」と記載した投票(検10) 一票
被告県選管はこれを原告の有効投票と裁決したが、無効投票となすべきである。この投票の発見された第三開票区は、旧六郷村でこゝに元村長で現在黒石市議会議員たる福島孫一なる選挙人が実在し、しかもこの区域は同人のいわゆる地盤であるから、一般選挙人が同人の氏を記載したものとみるべきである。(神山代理人)
(二) 「フ」と記載した投票(検1) 一票
原告はこれを福士候補に対する有効投票と主張するが、凡そ投票の記載は候補者の氏または名を記載するを要し、氏または名の頭音に該当する仮名文字のみでは氏名の記載とならず、かゝる記載は何人を指すかを確認し難いから被告県選管が無効と裁決したのは正当である。(宇野代理人)
第六、なお原告の得票中左のものは無効たるべきものである。(宇野代理人)
(一) 「」と記載した投票(検51) 一票
この投票は何人の氏名を記載したか確認し難いものであることは一見明白であり、これを二行の記載とみると明らかに他事記載に該当する部分ができるから無効たるべきものである。被告県選管が無効投票と裁決したのは正当である。
(二) 「◎福士」と記載した投票(検55) 一票
右投票の記載中「福士」の上にある「◎」は単なる書損の抹消ではなく、他事記載であるから、この投票を無効ならしめるものと解する。
(三) 「福士永一郎」と記載した投票(検62) 一票
この投票の冠頭に存する「」なる記載は、単なる筆のすべり誤りでもなく、また書損でもないことは、その記載自体によつて明瞭であるから、他事記載として無効投票たるべきものである。被告県選管がこれを無効となした裁決は正当である。
(四) 「福士」と記載した投票(検63) 一票
この投票の記載中前段の二字は「福士」の誤記と推測し得るとしても、末段の「」は職業、身分、住所または敬称の類を記入したものと解することはできないから他事記載ある無効投票と認める外ない。これを「様」の略字と解するのは牽強附会も甚しい。
(五) 「フハキ」と記載した投票(検80) 一票
この記載は「フク士」と解読するには、「ハ」を「ク」、「キ」を「士」に替へねばならないのは原告の主張するとおりであるがかゝる難解の記載こそいわゆる候補者の何人を記載したかを確認し難いものに該当するから被告県選管がこれを無効と裁決したのは正当である。
(六) 「クスツ」と記載した投票(検81) 一票
この投票には「クスツ」と記載してあるから、これを「フクシ」と解するためには「ツ」を「シ」の逆記と解し、「ク」と「ス」とを「フ」と「ク」との音便の誤用であると解せざる限り不可解であることは、原告の主張するとおりであるが、かように難解な右投票を被告県選管が無効と裁決したのは当然である。
(七) 「福<士>永久一郎」と記載した投票(検83) 一票
本投票の記載自体は、「福永久一郎」であるから、これを対象として何人に対する投票であるかを判断するのが当然であり、被告県選管が同法第六十八条第一項第七号に該当するものと認め無効投票と裁決したのは極めて正当である。
以上のように解釈する結果、高樋候補の得票は七、七七一票、福士候補の得票は七、七五〇票となるから、その差二一票をもつて高樋候補が当選となり福士候補は次点たるべきである。けだし、被告県選管が有効得票と裁決した高樋候補の得票中から福士候補の有効投票とすべきものが一票現出したが、他方福士候補の有効得票中「ふくしま」と記載した投票(検10)と福士一郎に対する投票たる検126 133 175 183 163(「フク一」と記載した投票)の六票が無効投票となすべきであるから、福士候補の得票五票が減少する。而して無効投票中から高樋候補の有効投票と認むべき検3 4 12 13 15 31 77の七票が加へられるが、他方高樋候補の得票のうち福士候補の有効投票となすべきものが一票包含されているから、結局六票増加するので被告県選管の決定した得票高樋候補七、七六五票、福士候補七、七五五票に対し右の増減をなすと前叙の結果となるからである。(神山代理人)
(証拠関係省略)
理由
第一、青森県黒石市の市長選挙が昭和二十九年七月二十八日執行され同年同月二十九日原告(福士永一郎)が当選人と決定告示されたこと。訴外工藤秀一が同年八月九日、同村上克郎外二名が同年八月十日それぞれ黒石市選挙管理委員会(以下市選管と略称する)に対し当選の効力を争い異議の申立をなし、ともに同年八月二十七日市選管から異議却下決定書の交付を受けたこと。右工藤秀一は同年九月八日、村上克郎外二名は同年九月十六日いづれも被告青森県選挙管理委員会(以下県選管と略称する)に対し右決定を不服とし訴願を提起し、被告県選管は併合審査し、同年十一月二十七日候補者高樋竹次郎(参加人)を当選人とし原告の当選を無効とする旨の裁決をなし該裁決書は同日右訴願人四名に交付されたこと。原告が右裁決を不服として同年十二月二十二日本訴を提起したことは当事者間に争のないところである。
第二、本件黒石市長選挙における候補者福士永一郎(原告)の選挙会決定の得票数は七、八〇九票、候補者高樋竹次郎(参加人)のそれが七、七六三票、候補者柴田久次郎のそれは一、九四一票であることは、当事者間に争のないところである。以下この得票数を基準とし第一、二回検証の結果を参酌しながら福士、高樋両候補の有効投票数を検討する。
第三、福士候補の得票中被告代理人及び被告参加代理人が無効を主張するもの。
(一) いわゆる一郎票。
(イ) 被告代理人及び被告参加代理人がいわゆる一郎票として無効を主張する投票が検9 16 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 46 47 48 49 50 57 58 59 60 61 79 82 84 85 86 87 88 89 90 91 92 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 126 133 163 167 175 183の合計五二票であることはその主張自体に徴し明らかである。(以下検証調書添付写真番号を検2などとして表示する)
(ロ) 第一回検証の結果に基き一郎票の記載を精査するに、その内容は別紙一郎票一覧表のとおりであり、これを左のように分類することができる。
(1) 漢字をもつて「福士一部」と記載したもの。
これに属するのは検9 19 24 26 49 59 60 100 101 102 103 104 183である。 一三票
右各投票の記載には多少巧拙の差はあるがいづれも「福士一郎」を表したものであることは明白である。而して右記載をみるにその字体を稚拙とはなし得ないものもあるが、いづれも達筆とは称し難いのである。
(2) 平仮名、片仮名で、またはこれに漢字を混用し(イ)と同一の音韻を表したもの。
これに属するのは検16 23 27 46 50 97 98 99である。 八票
以上の各投票の記載は概して幼稚な字体であるが右(イ)と同様「福士一郎」の音を表したものであることが認め得る。なお検99の記載は「フくシトチロ」のようにみえるが、本件選挙の候補者中には右記載と同一の氏名を有するものはなく、福士候補の氏名がこれに類似するだけであり、またこの記載全体が稚拙でタドタドしい字体であるところから考へて、文字に習熟しない選挙人が片仮名、平仮名を混用して「フくシイチロ」と記載せんとした際、第四字「イ」を誤つて「ト」のように書いたものであることがわかるので、この投票も右(ロ)に属するものとなすべきである。
(3) 平仮名、片仮名または双方を混用して(イ)に酷似する音韻を表したもの。
これに属するものは検21 25 28 37 51 61 82 96である。 八票
証人木村要次郎の証言及び鑑定人此島正年の鑑定の結果を参酌しながら考へるに、右検21 28 61 96の各投票に存する「ぐ」「グ」は「く」「ク」を本件選挙の行われた黒石市地方の方言式発音に従い訛つて発音し記載したものであり、また右検21 25 57 82の各投票に存する「つ」「ツ」は前同様「ち」「チ」を訛つて発音し記載したものであることを認めることができるし、なお検25の投票の「フクシ一ツロウ」の第五字「ツ」は選挙人が「一郎」と書こうとし、それには「一ロウ」と書けば足るのに送り仮名のように「チ」を加へる必要があるものと誤解し、しかも前同様「チ」を「ツ」と訛つて附加したものと認められるから以上の七票はすべて(イ)と同様「福士一郎」を表したものとなすべきである。
(4) 「フクシエツロ」「フクシヘツロ」「ふくしえちろう」など片仮名、平仮名、または双方を混用して右(1)に類似する音韻を表したもの。
これに属するのは、検20 22 29 30 47 48 79 84 85 86 87 88 89 90 91 92 94 95 126 133 167 175である。 二二票
前記の木村証人の証言及び此島鑑定人の鑑定結果を参照しながら考へるに、右各投票(但し検30を除く)の記載中「フクシ」「ふぐシ」「フグシ」「フグス」「フクス」その他これに類似する部分は、「福士」を黒石市地方の方言式発言に従い訛つて「ク」「く」を「グ」「ぐ」とし「ス」「す」を「シ」「し」としたもの、その余の部分(名に相当する)すなはち「エツロ」「ヘツロ」「エツろロ」「えちらう」「エズロ」「エツロー」「ヱチロ」「エシロウ」「エジロ」などは前同様右方言式発音に従い訛つて「イ」「い」を「エ」「ヱ」「へ」「え」と、「チ」を「ツ」「ヂ」「ジ」と、「らう」「ロウ」「ロー」などの長母音を「ろ」「ロ」などこれに類する短母音で表したものであり、結局右各投票の記載は「福士一郎」または「一郎」を表示したものと認むべきである。
(5) 「福士一郎」を省略したものと認められるもの。(検163) 一票
検163の投票の記載は「フク一」であり、これは本件選挙の候補者中にこれと同一の氏名を有するものはなく、福士候補の氏名は多少これに類似するが、氏の頭字「福」と名の第二字「一」を採つてその略称とするが如きは普通にはないことであるからこれをもつて直ちに同候補の氏名を省略したものとはなし難く他方氏及び名の各冒頭の一字を採つてその人の略称となすこと例へば「福井重蔵」を「福重」となすことがあるのは当裁判所に顕著な事実であるから、右の記載は「福士一郎」の氏及び名の頭字のみを採つて「フク一」としてこれをもつて「福士一郎」の略称となしたものと認められるので、これまた前同様「福士一郎」を表したものと解すべきである。
以上のとおりであるから、右一郎票の記載はすべて「福士一郎」をそのまゝ或は方言式発音でまたは省略してこれを表したものと認める。右認定の趣旨に沿はない甲第六号証の記載、証人鳴海助一の証言は採用できないし、その他に右認定を左右するに足る証拠はない。(尤も右一郎票の記載が「福士一郎」その人を指すか或は「福士永一郎」の誤記であり、福士永一郎を指すかについては後に説明する)
なお右(2)乃至(5)に掲げた投票の記載は、いづれも字体が幼稚であり、多く片仮名、平仮名で或は双方を混用し、または漢字を混へ方言式発音に従つて訛つたまゝで、若くは略称で書かれている。
(ハ) さらに進んで、右一郎票の記載は選挙人が原告の氏名「福士永一郎」または名「永一郎」を記載するに当り「永」「エイ」「えい」「エー」「えー」などこれに類する文字を遺脱したものか或は実在の「福士一郎」その人を表示したものかについて判断する。
(1) 福士一郎がいわゆる有名人であるか否かについて。
まづ、福士一郎が福士候補の長男(明治四十四年十月十二日生)であり、黒石市に永年居住し(現在は同市大字黒石第二区に住居)同候補と別居していること。株式会社みなみ新報社の専務取締役で同社発行のみなみ新報の編集発行人であること。十数年前小作争議等に関し或程度の社会活動をしたことは当事者間に争のないところである。
而して成立に争のない丙第三乃至第二十一号証(但し第十乃至十三号証を除く)同第二十三、四号証、証人後藤多助、同岡崎吉蔵の各証言(いづれも一部)並びに弁論の全趣旨を総合すると、福士一郎は弘前中学を卒業し、青森師範二部中退後、左翼運動に加り二十歳の冬投獄された外昭和七年以降しばしば検挙されたこと。昭和十六年満洲国に渡り昭和二十年再度渡満し、現地応召したが、昭和二十二年帰国したものであること。昭和二十三、四年頃旧黒石町において数名の同志と協力し演劇団体北方部隊を創立し現にその演出の指導をしていること。昭和二十三年からみなみ新報主催の模擬青年議会の組織運営に尽力し旧黒石町及びその隣接町村の青年から議員を選出し黒石地方発展興隆の方策などの討議をなさしめたこと。右みなみ新報は昭和二十三年創刊し初はタブ半截超小型月刊紙であつたが、昭和二十七年二月頃からタブロイド版オール四頁となり、昭和二十九年七月一日黒石市誕生と共に日刊紙となつたこと。昭和三十年九月一日発行の「津軽夜ばなし」の著書があることを認めることができ右認定を動かすに足る証拠はないので、これを前記の当事者間に争のない事実殊に福士一郎がみなみ新報社の専務取締役であり、同社発行に係るみなみ新報の編集発行人である点と総合すると、同人は黒石市地方において広くその名を知られているようにみえるが、他方前顕丙第十四、十七号証、前記証人岡崎吉蔵(一部)、証人山口静慶、同盛憲三郎の各証言並びに弁論の全趣旨を総合するに、黒石市在住の有識者のなかにも福士一郎を知らない人があり、同人が左翼運動に従事したのは十数年前のことに属し(この点当事者間に争がない)右北方部隊は地方的演劇団体で構成員の数は不明、ときに演劇コンクールに出る位のもので定期に公演をなすわけでもなく、また前記青年議会も何回か開催されているが傍聴者は少く、これに関してはみなみ新報が報道するのみで東奥日報その他中央紙の地方版には掲載されないし、右みなみ新報は前記のとおり昭和二十九年七月一日以降日刊とはなつたが、依然として発行部数二千に足らない一小地方新聞にすぎず、指導的言論機関ではないこと。前記「津軽夜ばなし」は津軽地方の民話を集成した小冊子にすぎずしかも本件選挙後に発行されたものであることがわかる。而して右福士一郎が最近政治活動をなし或は本件選挙に当り活溌な応援運動をなしたことはこれを認めるに足る証拠はない。
以上の認定事実を総合するに、福士一郎はいわゆる新聞人で政治運動をなさず主として一小地方新聞であるみなみ新報の経営に当つているだけであり、黒石市地方における政治、経済、言論、文化の各方面における指導者となすことはできない。すなはち一般市民に広くその名を知られているいわゆる有名人或は知名の士ではないといわねばならない。
右認定に反する証人小野歓三、同岡崎吉蔵(一部のみ)の証言はたやすく措信できないし、また丙第一、二号証、同第十乃至十三号証の記載は福士一郎の本件選挙執行後における行動などに関するものであるから、これをもつて、右認定を左右することはできない。
(2) つぎに福士一郎が本件選挙の選挙人であつたことは当事者間に争のないところであるが同人は従来公職の候補者として立候補したこともなく、自己のため選挙活動したこともなく本件選挙の候補者でもないことは弁解の全趣旨に徴し当事者間に争のないところである。
(3) 他方福士候補が黒石市地方において、早くから政治的、行政的方面で活躍し大正十二年頃から昭和二十二年頃まで約二十数年間黒石町消防組頭、警防団長を歴任し、昭和二年頃から昭和二十二年頃まで引続き約二十年間青森県会議員の職にあり、昭和十年から昭和十四年まで約四年間は青森県会議長をつとめ、昭和二十一年から昭和二十六年まで青森県選挙管理委員会委員長であつたのみでなく、昭和二十二年四月から昭和二十九年六月まで七年間黒石町長に在職したこと。またその間青森県町村会長に六回選挙せられ、その他全国町村会政務調査委員、同会常任理事などの要職にあつたことは弁論の全趣旨に徴し当事者間に争のないところである。よつて福士候補は黒石市地方において一般住民に広くその存在を知られている有名人または知名の士となすべきである。
(4) 一般に他人を呼ぶには氏をもつてするのが普通で、名をもつてするのは比較的少ないから、他人の氏は正確に知つていても、その名は正確に知らないことがあり、従つて他人の氏を誤記することは少く、名を誤記することは稀でないこと。一郎なる名はありふれたもので日常多く見聞するが、永一郎なる名はそれほど多くないことは吾人の経験則に照して明らかであり、また福士候補の名「永一郎」は「一郎」に「永」の一字が加つただけで文字の上でも、字音の上でも極めて類似していることはこの二つの名を対照すれば明瞭であるから、本件選挙の選挙人が福士候補の氏は正確に記憶し完全に記載し得ても、その名は正確に記憶せず、日常見聞する名、一郎と同一なりと思いこみ「永」「えい」その他これに相当する文字を遺脱し「一郎」「いちらう」その他これに類する文字をもつて誤記することは有り得ることといわねばならない。たとえ福士候補が前記のように有名人であつても、また父祖から襲名し永一郎を称していても、現在の一般選挙人の智識の程度ではかような誤記をなす者の存することは否定できないところである。有名人を指示するには、名をもつてすることは極めて稀であり多く氏をもつてするから福士候補が有名人であればあるだけむしろその名は一般選挙人に知られず或は正確には記憶されていないのが当然である。殊に前叙の如く右一郎票は大部分が片仮名、平仮名で、または双方を混用し或は仮名に漢字を加へ、しかも方言式発音によつて訛つたまゝ記載し、或は氏名の略称(仮名を主とする)を記載しているのでありいづれもその文字はタドタドしい稚拙なものであるのみならず、漢字のみをもつて記載した前記一三票は必ずしも稚拙な文字ではないが決して達筆とは称し難いので一郎票は全部教育程度の比較的低く平素あまり文字に親しまない選挙人によつて記載されたものであることを推認するに足り、さらに右検証の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、本件選挙は昭和二十九年七月一日旧黒石町と旧六郷村、旧中郷村、旧浅瀬石村、旧山形村の一町四ケ村が合併し黒石市となつたので新黒石市の市長選出を目的として執行されたものであること。旧黒石町には商工業者、俸給生活者などが多数在住するが、右四ケ村は純然たる農村で住民の大部分が農民であることを認めることができるのであり福士候補が前叙のとおり永年旧黒石町の消防組頭、警防団長をつとめ、昭和二十二年頃から昭和二十九年六月末まで約七年間旧黒石町長であつたことからみて旧黒石町の住民にはその氏名が比較的正確に記憶されていたものとみることができるが、最近に旧黒石町と合併した前記四ケ村の農民などには必ずしも明確に記憶されていたものとはなし得ずその氏は正しく記憶されていても名は一般に有りふれた「一郎」と誤つて記憶されていた場合もあり得ると考へられるから、前記のように「福士一郎」「ふくしいちらう」「フクシエツロ」など一郎票のような誤記があつても何等怪しむに足らない。この点につき被告代理人は一郎票の数が多数であるから誤記となすことを得ないと主張するが、前記検証の結果によると右一部票で原告の得票七、八〇七票中に存するのは五一票(検9は無効票中に存するものであるからこれを控除する)であることを認め得るので、その比率は約〇・六六パーセントにすぎず、この一郎票の数から福士候補の名の誤記ではないと論ずるのは失当である。
また被告代理人は福士候補の名「永一郎」のうち「永」がその特色をなし何人もこれを脱落することはないと主張するが、「福士永一郎」と「福士一郎」の二つだけを対比すると、前者の名において「永」が特色をなしこの点で後者の名と区別し得ることは勿論である。しかしながら、一般人が単に「福士永一郎」なる氏名を見聞しただけの場合には、その名を全く忘れ、そうでなくとも前叙の如くこの二つの名は類似しているから日常見聞する「一郎」なりと誤つて思い込み、この誤つた記憶に従つて「永」その他これに相当する文字を脱し「福士一郎」などと誤記することは有り得ることといわねばならない。殊に本件におけるように投票を記載する選挙人が中年以上の農夫、婦人、老人などで教育程度の低いものである場合には斯の如き誤記は相当発生するものであることは吾人の経験則に照して明白である。
(5) 現行の公職選挙法は候補者制度を基本としているから、選挙人は当該選挙の候補者中何人かに投票する意思があつたものと推測するのが相当であつて、投票に記載された氏名と同一の氏名を有する者が候補者以外の選挙人中に実在し、且その記載が候補者の氏名としては不完全不十分であつてもそれが候補者の氏名に類似しその候補者を記載したものと認められる以上、その候補者に対する投票と解すべきであり、これを候補者以外の者の氏名を記載したものと認めるのは候補者以外の者に投票されたと解すべき特別の事情が存在する場合に限るべきである。これを本件の場合についてみるに、(A)本件黒石市長選挙の前記候補者三名中右一郎票の記載と同一または類似の氏名を有するのは福士候補だけであり、該投票の記載を福士候補の氏名と対照するに「永」「えい」「エー」その他これに相当する文字が存しないだけで、文字からみても、字音からみても、著しく類似しているし、(B)また福士候補が前叙のような政治的社会的経歴を有し殊に永年にわたり、青森県会議員、同議長、旧黒石町長などの要職につき黒石市地方では広くその存在を知られた有名人であり、(C)今回の合併による新黒石市の成立は福士候補が旧黒石町長として強く推進し成功させたものであるのみでなく、(D)福士候補は本件市長選挙に立候補していること((B)及び(D)はすでに説明した。(C)は弁論の全趣旨によつてこれを認める)を総合するに、選挙人は福士候補に投票する意思をもつて右一郎票を記載したものと推認すべきである。
被告代理人及び被告参加代理人は右一郎票の記載をもつて、選挙人が実在の福士一郎その人を黒石市長に選挙せんとして投票したものであると主張し、右一郎票には「福士一郎」またはこれと同様に解読すべき文字の記載があること、本件選挙の選挙人中に福士候補とは別に福士一郎が実在することは前叙のとおりであるが、前に説明したように同人が知名の士でないことは勿論、従来青森県会議員、同議長、黒石町長その他の公職についたことはないのみでなく、公職の候補者となつたことはなく殊に本件市長選挙の候補者ではなかつたこと。却つて同人は十数年前ではあるが左翼運動に関与し数回投獄されたことがあることなどを総合して考へると、選挙人が福士一郎その人を黒石市長として適任と認め同人に投票せんとして右一郎票の記載をなしたものとなすのは失当である。
また被告代理人及び被告参加代理人は、福士一郎の革新的思想傾向を重視し選挙人は福士候補の保守的思想にあきたらず革新的思想の持主である福士一郎その人を黒石市長の適任者と認めこれに投票したものと主張するが、福士一郎が革新的思想の持主であることについては、前叙のとおり同人が十数年前、左翼運動をなし小作争議に関与した事実から推認する外何等の資料なく、しかも同人が右のように左翼的社会運動をなしたのは十数年前のことに属するから、その印象は現在黒石市地方住民の記憶から全く消失するか或は稀薄となつたものとみるべく、また仮にそうではないとしても、前記此島鑑定人の鑑定結果を参酌して考へるに、右一郎票は教育程度が比較的低く平素文字に親まない中年以上の農夫、婦人、老人などによつて記載されたものと推認されるので、これら中年以上の年令層に属し且教育程度の比較的低い選挙人が特に福士一郎の革新的思想に注目しこれに投票するとは考へられないし、またこれらの選挙人が福士一郎のように左翼運動に関与し数回投獄された者を新黒石市の市長として適任者となしこれに投票するものとは一般農民、婦人などの保守的傾向からみて想像できないことである。尤も検証調書(第一回)の記載によると、右一郎票は第三開票区(旧六郷村、旧中郷村の区域であることは弁論の全趣旨によつて明らかである)から二十数票発見されているのに対し、第一、二開票区からは僅かに十数票宛発見されているのみであることがわかり、また証人岡崎吉蔵の証言中には旧六郷村、旧中郷村の農民中には農民党系の者が多いように供述している部分があるけれども、これはたやすく措信できないところであり、仮にこの証言部分を信用し第三開票区に属する右二ケ村の農民中に農民党系の者が多いとしても、これらの選挙人が前叙のとおり最近何等の政治活動をなさず、まだ公職の候補者となり選挙運動したことがなく殊に本件選挙に立候補していない福士一郎を黒石市長の適任者となしこれに投票したものとなすのは合理的な根拠を欠くものといわねばならない。また被告参加代理人は福士一郎は青年層にその名を知られているので右一郎票も青年層に属する選挙人により記載されたもののように主張するが、右一郎票が中年以上の選挙人によつて記載されたものと認められることは前に説明したとおりであるから、右の主張は理由のないものといわねばならない。
(6) さらに被告代理人は右一郎票中には福士候補に対する投票と福士一郎に対する投票とが混在するものと主張するが、以上に説明したように一郎票はすべて不完全ながら福士候補の氏名または名を記載したものと判読すべきであり、福士一郎その人に投票したものと解すべき特別の事情は認められないから、被告代理人の右主張は採用できない。
(7) 結論
以上のとおりであるから、一郎票五二票はすべて福士候補の氏名または名を記載したものであり、同候補の有効投票となすべきである。ただ右一郎票のうち検9の投票一票は無効投票中に存するものであるから、この一票は特に福士候補の得票に加算すべきである。
(二) 福士候補の得票中一郎票以外で被告代理人及び被告参加代理人が無効を主張するもの。
(イ) 「」と記載した投票(検51) 一票
この投票の記載をみるに、左右二行に文字らしきものが記載されていることはわかるけれども、如何なる文字であるかは判読できないので、該投票は候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして、これを無効となすの外ない。
(ロ) 「◎福士」と記載した投票(検55) 一票
右投票の記載を精査するに、「福士」の上に存する「◎」は選挙人が書損を抹消したものではなく、特別に書き加えたものであることがわかるので、これは福士候補の氏の外他事を記載したものとなすべく、右投票を無効ならしめるものと解すべきである。
(ハ) 「福士永一郎」と記載した投票(検62) 一票
右投票の記載をみるに、福士候補の氏名の上に存する「」なる部分はその記載状態から推して選挙人が仮名で「フクシ」と書きかけてやめたもの或はその筆の滑り誤りではなく、特に記載したものであることが認められるので、これはいわゆる他事記載として、この投票を無効ならしめるものといわねばならない。
(ニ) 「」と記載した投票(検63) 一票
この投票の記載は全体的に俗にいう書きなぐつたような字体であるところから判断して、選挙人がまづ「福士」と書きついで「様」を書くに当り急速に字劃を省略して「」となしたものと解することができるので、福士候補の氏に敬称を付したものとみて同候補の有効投票とすべく、「」をもつていわゆる他事記載となすのは失当である。
(ホ) 「フハキ〔手書き文字〕」と記載した投票(検80) 一票
この投票の記載をみるに、いかにもタドタドしい字体で記載されているところから推して、教育程度が低く文字に親しまない選挙人が、福士候補の氏を片仮名と漢字を混へて「フク士」と書くに当り、第一字「フ」は漸く字体を整へたが、第二字「ク」は拙劣なため「ハ」に近く「ヘ〔手書き文字〕」となり第三字「士」の縦の棒が横の棒の下まで抜けたため「キ」に近い字体となつたのであることが認められるので、該投票は福士候補の氏を記載したものとして同候補の有効投票となすべきである。
(ヘ) 「クスツ〔手書き文字〕」と記載した投票(検81) 一票
この投票の記載を精密に調査しても、この記載から選挙人が「フクシ」と記載する意思であつたのに、右のように誤記したものとは到底認め得ず、「フクシ」と判読することは不可能であるから、右投票は候補者の何人を記載したか確認し難いものとして無効投票となすの外ない。
(ト) 「福<士>永久一郎」と記載した投票(検83) 一票
この投票の記載を精査するに、漢字でまづ「福士久一郎」と書き後に「士」を抹消しその左側に「永」を付加したものであることがわかるので、選挙人は「福永久一郎」に投票したものとなすの外ない。而してこの記載に類似する氏名を有するのは福士候補だけではあるが、同候補の氏名と右記載とはその氏においても、名においても相当異つているので、同候補の氏名を誤記したものとなすことも困難であり、また右記載が達筆であるところからみて、選挙人が「久」を抹消すべきを誤つて「士」を抹消し、「永」を付加する場所をも誤つたものとなすこともできない。よつて右投票は候補者の氏名を記載せざるものとして無効投票となすのが相当である。
第四、無効投票中原告代理人が福士候補の有効投票であると主張するもの。
(一) 「ふくしま」と記載した投票(検10) 一票
この投票の記載は「ふくしま」であり、福士候補の氏と対比し「ま」の一字が過剰なだけであるが、右の記載が正確明瞭であるためこれをもつて福士候補の氏を誤記したものとはなし難く、全く別個の人の氏を表すものと認められるので、該投票は候補者でない者の氏名を記載した無効投票となすべきである。(本件選挙区内に福島なる氏の選挙人が実在することは弁論の全趣旨によつてこれを認め得る)
(二) 「フ」と記載した投票(検1) 一票
投票に記載する候補者の氏名は必ずしも戸籍上の氏名であることを必要とせず、氏だけでもよければ、名だけでもよく要はその記載によつて候補者の誰かを選ぶ趣旨が確認できるものであればその投票を有効とすべきであるが、右投票をみるに単に「フ」と記載されているだけであり、本件選挙の候補者中その氏名に「フ」のつくものは福士候補の外にはないけれども、右の記載だけをもつて選挙人の福士候補を選ぶ趣旨が表明されているものとは到底認めることができない。よつて右投票は候補者の氏名を記載しないものとして無効となすの外ない。
第五、原告代理人が高樋候補の得票中福士候補の得票に加うべしと主張するもの。
高樋候補の得票中に「フクシ」と記載した投票一票が混入していたことは当事者間に争のないところであるから、これは福士候補の有効投票として加算すべきである。
第六、被告代理人及被告参加代理人が福士候補の得票から控除すべしと主張するもの。
福士候補の得票中に「高樋タケジロー」と記載した投票(検223)一票が混入していたことは当事者間に争のないところであるから右投票が高樋候補の有効投票であるか否かは別として福士候補の得票から控除すべきことは明白である。
第七、高樋候補の得票中原告が無効を主張するもの。
(一) 「高樋竹次郎(タカヒタケジロウ)」と記載した投票(検52) 一票
(二) 「高樋竹次郎(たかひたけじろう)」と記載した投票(検65) 一票
(三) 「高樋竹次郎(タカヒタケジロウ)」と記載した投票(検68) 一票
以上三票の記載を調べてみるに、漢字をもつて完全に高樋候補の氏名を記載しその右側に片仮名または平仮名で振仮名を付しているのであるが、それが振仮名である限りこの記載は同候補の氏名そのものであり単に右氏名の読み方を示すため二重に記載したのにすぎずいわゆる他事記載ではないと解すべきである。(この振仮名の附記が選挙人と候補者もしくはその関係者の密約に基く暗号などとしてなされたことを推測させるような資料はない。)しからば右各投票は同候補の有効投票となすべきである。
(四) 「」と記載した投票(検76) 一票
この投票の記載をみるに、第三字は漸く「へ」と読むことができるが、その上は文字の形体をなさず到底これを「タカヘ」と判読することはできないので、高樋候補の氏を記載した有効投票となすことはできない。
(五) 「◎◎◎◎◎・高樋竹次郎」と記載した投票(検13) 一票
(六) 「高樋竹次郎」と記載した投票(検15) 一票
(七) 「○○○○○・高樋竹次郎」と記載した投票(検31) 一票
以上の三票をみるに、高樋候補の氏名の外にそれぞれ◎、または○を記載してあることがわかるが、この記載はいづれもいわゆる他事記載としてその投票を無効ならしめるものといわねばならない。けだし右の記載が各文字に◎または○を付し或は点を更に円で囲んでいる状態からみてこれは単に選挙人が自己の意思を強調せんとし、或は他意なくポスター等の書法を学び、または筆の勢で句読点をうつたのを円をもつて抹消したものとは解し難いからである。
(八) 「」と記載した投票(検77) 一票
この投票の記載をみると、第一字は「タ」、第三字は「ク」であることが明らかであり、第二字は必ずしも明瞭でないが「止」と判読するより外ない。どうしても「タカヘ」と解読することはできないから、被告参加人が高樋候補の氏を記載したものとして有効投票となすのは失当である。
第八、無効投票中被告参加代理人が高樋候補の有効投票と主張するもの。
(一) 「タゴ」と記載した投票(検3) 一票
この投票の記載を調査するに、第一字は「タ」であり、第二字は「ゴ」、第三字は「コ」と解読すべきであつて、これをもつて「タガス」または「タゴス」の誤記と認めることはできない。高樋候補の有効投票となすべきではない。
(二) 「高し」と記載した投票(検4) 一票
右投票に幼稚な字体で「高し」と記載されてあることはその記載によつて明白であるが、本件選挙の候補者中には高樋候補を除いて右記載と同一または類似の氏名を有するものがなく、しかも本件選挙の行はれた黒石市を含む津軽地方では一般に「ひ」を訛つて「し」と発音しまたは記載することが多いのは当裁判所に顕著な事実であるから、この投票は教育程度の低い選挙人が高樋候補の氏を書こうとして漢字で「高」と書きつぎの「樋」を平仮名で書くに当り訛つて「し」となしたものと解することができる。しからば右投票は同候補の氏を記載した有効投票となすべきである。
(三) 「」と記載した投票(検12) 一票
この投票の記載は仔細に検討しても「竹次郎」または「竹次」「竹郎」或は「竹」と記載したものと認めることはできない。この記載は文字の形体をなさないものである。高樋候補の有効投票となす余地のないことは勿論である。
第九、原告代理人が高樋候補の得票から控除すべしと主張するもの。 一票
高樋候補の得票中に「フクシ」と記載した投票一票が混入していたことは当事者間に争のないところであるから、右一票は同候補の得票から減ずべきである。
第十、原告代理人が高樋候補の有効投票として加算すべきでないと主張するもの。
(一) 「高樋タケジロー」と記載した投票(検223) 一票
第二回検証の結果に基きこの投票の記載をみると、「高樋」と「タケジロー」の中間に存する部分は選挙人が高樋候補の氏名を表記せんとしまづ漢字で「高樋」と書き続いて「竹」を書いたが極めて拙劣な字体になつたので、これを横棒をもつて抹消し新に片仮名をもつて「タケジロー」と記載したものであることが明らかであるから、これをもつていわゆる他事記載となすことはできない。高樋候補の有効投票となすべきである。この投票が福士候補の得票中に混入していたものであることはすでに述べた。
第十一、以上第二乃至第六において説示したところに基いて計算するに、福士候補の有効投票は合計七、八〇五票となり、同じく第二及び第七乃至第十において説示したところに基いて計算するに、高樋候補の有効投票は合計七、七五九票となることは算数上明白であるから(その計算の詳細については別紙福士、高樋両候補者有効投票計算表参照)福士候補の有効投票は高樋候補のそれより四六票多数となる。よつて本件市長選挙においては福士候補が当選者たるべく、高樋候補は次点者たるべきである。右と趣を異にし高樋候補を当選者とし福士候補を次点者となした原裁決は失当であり取消を免れない。よつて民事訴訟法第八十九条、第九十四条、第九十五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 浜辺信義 松本晃平 兼築義春)
(別紙省略)